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卵巣がんのお話

産婦人科

卵巣がんの怖さを知っていますか?

図1に、日本における女性性器がんの罹患者数と死亡者数を示しています。
罹患者数が最も多いのは乳がんで、次いで子宮体がん、子宮頸がん、卵巣がんの順ですが、注目すべきは死亡者数です。卵巣がんの死亡率が、他の女性性器がんに比べて極めて多く、女性性器がんのうち「最も死亡率が高い怖いがん」といえます。(なお、この統計で示した「卵巣がん」とは卵巣の上皮性悪性腫瘍を指します)


図1 日本における女性性器がんの罹患者数と死亡者数(2014)

日本における女性性器がんの罹患者数と死亡者数(2014年)


女性性器がんの死亡率
新患数 死亡数 死亡率
子宮体がん 13,600 2,200 16.2%
子宮頸がん 10,900 2,900 26.6%

卵巣がん

9,800 4,800 49.0%
乳がん 72,500 13,000 17.9%


卵巣がんの死亡率が高い理由は?

第1の理由は、卵巣がんの早期発見が困難なことです。

 卵巣という臓器は、子宮や卵管とともに、生殖という機能に最も関係深い臓器で、通常は女性の骨盤の奥深い部位にあります(図2)。また、卵巣の正常な大きさは手の親指の頭くらいですから、卵巣に腫瘍ができても、かなり大きくならないと異変を感じることが少ないことにもよります。例えば、初期の症状に乏しいため、異変を感じて受診された時には既に進行した状況で、腹腔内は腫瘍で充たされ、腹膜、腸間膜、大網などに広がっていて、腫瘍が腹部全体を占めていることも多くみられます。
西洋の医学書には、卵巣がんのことを「silent disease(静かな疾患)」とか、「silent killer(静かな殺し屋)」などと表現されているものもあり、静かに忍び寄る「殺し屋」のように、極めてやっかいな病気の一つ
として取り扱われています。


図2 横断面から見た下部臓器

横断面からみた下部臓器

第2の理由は、卵巣には幼・若・老年を問わず、あらゆる年代層に極めて多種類の腫瘍が発生するため、初期の段階での腫瘍の類別が困難な場合があるからです。

 図3に、小さな卵巣に含まれている生殖機能に関係する組織と、これらの組織から発生したと考えられている卵巣腫瘍の分類(従来の分類)を示していますが、種類が多く、多様であることが分かると思います。現在でも発生した腫瘍の起源をめぐって議論が重ねられているものもあります。例えば、生後間もない少女にも卵巣の悪性腫瘍(胚細胞腫瘍)は発生しますが、訴える術を知らない年代層の早期発見はとても困難です。


図3 卵巣にできる腫瘍の種類(従来の分類)

卵巣にできる腫瘍の種類(従来の分類)


卵巣の分化成熟過程:田口より改変





第3の理由としては、卵巣に発生した腫瘍の種類によって、多彩な症状を示す場合があるからです。

図4は、男性型多毛(注1)を主な症状として来院された患者さんの例です。多くの診療科で原因が判らなかったのですが、卵巣に発生した男性ホルモンを分泌する小さな腫瘍(Sertri-Leydig細胞腫瘍)が原因で、腫瘍の摘出により症状が消えた例です。
また、図5は、胸部レントゲン検査で胸水が貯留しているのを指摘された例です。この原因は卵巣に発生した良性の線維腫(良性腫瘍)で、腫瘍を摘出すると胸水も消失するという特殊な症状(Meigs症候群)でした。
図6は転移性卵巣がんの例を示しています。卵巣に腫瘍が認められ摘出しましたが、組織検査の結果、
Krukenberg腫瘍(転移性卵巣がん)であり、原発巣は「胃がん」であった症例でした。原発巣とは、最初に発生したがんのことをいい、がん細胞が血管やリンパ管を介して、身体のあちこちに飛び火することを転移といいますが、この患者さんの場合は、胃がんから発生し、卵巣に転移していたわけです。
以上、診断が困難であった症例などを示しましたが、卵巣に発生した腫瘍はこのように多彩な症状を示すため、術前診断が困難な場合もあることを理解していただいたと思います。


図4 男性型多毛(注1)を発症した女性

男性型多毛を発症した女性

Sertri-Leydig(セルトリライディッヒ)細胞腫瘍


注1:男性型多毛症は女性と小児にのみ見られる多毛症の類型であり、アンドロゲン感受性の発毛が過剰になることで引き起こされる。男性型多毛症の罹患者には成人男性の発毛パターンが現れる。男性型多毛症の女性の胸部と背部にはしばしば発毛が見られる。


図5 Meigs(メイグス)症候群/線維腫

メイグス症候群のレントゲン

Meigs症候群のレントゲン(線維腫摘出前後)

線維腫

線維腫

図6 Krukenberg(クルーケンベルグ)腫瘍

クルーケンベルグ腫瘍


卵巣がんの診断の実際は?

近年の医療機器の進歩により、超音波断層診断、CT、MRIなどを用いた診断が行なわれています。
図7は、超音波診断法による診断法、図8は、CTによる診断法を示していますが、両方を併用することにより、かなり正確に良・悪性や腫瘍の種類などの診断が可能になっています。
また、近年では、「乳がん」や「卵巣がん」の遺伝子診断が注目されています。近年話題となった米国の女優、アンジェリーナジョリーさんは、乳がん・卵巣がんの遺伝子診断(BRCA1)(BRCA2)で将来の乳がんの発症の可能性が87%、卵巣がんの発症の可能性が50%と診断されました。結果、がん発症の予防として彼女は37才で両側乳房切除、39才で両側の卵巣、卵管を切除しています。この遺伝子診断は、日本でも行なわれていますが、診断に当っては、受診者に対する十分なカウンセリングが必要ですし、また、予防的な切除についても意見が分れているのが現状です。


図7 経腹超音波像/経腔超音波像

経腹超音波像・経腔超音波像


図8 卵巣がん(がん性腹膜炎)のCT像

卵巣がん(がん性腹膜炎)のCT像


卵巣がんの治療はどのように行なわれているか?

前にも述べたように、卵巣は女性にとっては生殖機能を持つ大切な臓器ですから、治療は患者さんの年令や腫瘍の種類、腫瘍の進展度などを十分考慮して決められます。
本稿でいう卵巣がん(上皮性卵巣がん)は一般に40才以上に発生し、しかも発見時に進行例が多いため、腫瘍をできるだけ摘出します。また、術後に抗がん剤治療が併用されるのが一般的です。若年者に好発する卵巣胚細胞腫瘍のうち悪性腫瘍は3%に過ぎませんが、20才以下になると、その1/3が悪性腫瘍であることを認識しておく必要があります。しかし、最近の抗がん剤治療の進歩によりこの胚細胞性悪性腫瘍の治療成績は向上し、ほとんどの症例が治癒するようになってきています。

まとめ

卵巣は「腫瘍の宝庫」といわれる位に多くの腫瘍が発生し、しかも幼・若・老年を問わず発生します。初期には症状に乏しいので、進行した状態で発見されることが多いこと等を理解していただき、幼・若年の少女に対する日常の変化に配慮するとともに、自分自身も定期的に検診を受けるよう心掛けましょう。


この記事は2018年8月現在のものです。


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